今回のゲスト
一般社団法人情報通信技術委員会 事務局長
(元 東京大学先端科学技術研究センター 特任教授)
稲田 修一 様
2006年 7月 独立行政法人情報通信研究機構理事(企画担当)
2008年 7月 総務省近畿総合通信局長
2010年 7月 総務省大臣官房審議官
2012年12月 東京大学先端科学技術研究センター特任教授
(※以下、本文中はすべて敬称略とさせていただきます)
IoT活用事例の知見と、現場の声。その双方を元に非連続の発想を生む
長橋)稲田先生は、失敗した数だけ経験値がたまると指摘されています。こうしたプロトタイピング・実証を繰り返し、そして、失敗することがニーズを掘り当てる上で大事なのでしょうか?
稲田)価値が見えていない場合でもとりあえずリーンスタートアップ(*1)し、小さな失敗を積み重ねることで、価値創造に必要な手がかりを見つけることが重要なのです。
とくにIoTの分野では、どのような価値創造が可能かについてお客さまも見えていない場合が多々あります。
たとえば介護では、介護を受ける人の満足度をあげることや介護する人の過度な疲労を防ぐことが重要です。介護を受ける人の満足度は、笑い声の回数や体の動きの活性度を計測できれば把握できるのではないか、一方、介護する人の疲労度は活動状況をモニターすれば把握できるのではないかと気付き、
これを可能とする音声検知センサーや加速度センサーなどのデバイスの存在に気付き、実証を通してこれらの有用性を確かめる中でいろいろなソリューションが広がります。
IoTに関する知見を有するIT業界と現場の課題を良く知っているユーザ企業が協力することにより、こうしたソリューションが生まれる可能性が拡がると感じています。
(*1)リーンスタートアップ ... 米国シリコンバレーを中心とした起業の手法。最低限の製品やサービス、試作品を作って顧客の反応を確かめるサイクルを繰り返すことで、起業や新規事業の成功率を上げる。
長橋)先ほどのデザイン思考を活用すると、根源的なニーズを探すのに必要な
ヒュっと飛んだ非連続の発想が生まれそうですね。
稲田) その通りです。
IoTの活用事例をたくさん知っている人達と現場の課題解決をいつも考えている人達が一緒にデザイン思考に挑戦すると、非連続の発想が生まれる可能性が高まるのです。
ビジネスを左右するアイデアと、それを評価する環境の醸成
長橋)
日本の多くの企業では減点主義が大勢で、失敗しないことが評価される場合が多いと思います。IoTがさまざまな場面で使われる時代には、そうした考え方は変わらざるを得ないのでしょうか?
稲田)
変わらざるを得ません。企業の存続にイノベーションは不可欠です。
社会が変革期に入っており、社会のさまざまな構造が変わっています。
構造変革に対応するため、イノベーションを促進し社内を活性化させる必要があるのです。
私は会社の社内勉強会で話をすることも多いのですが、面白い現象があります。
イノベーティブな会社では、若い人からもどんどん質問がでます。質疑応答を通じて面白いアイデアを吸収しようという意欲が強いのでしょう。
一方 、そうでない会社では、社長さんが質問するのを待っておられます。質問もあまりでなくて、役員が当たり障りのない質問をする場合が多いです(笑)。
長橋)
グーグルでは生産性の高いチームを分析しています。その結果、生産性の高いチームには、こんなこと言ってリーダーに叱られないだろうか、チームメンバーに馬鹿にされないだろうか、といった不安を払しょくする心理的安全性があると指摘しています。先生の話もこれに近いかもしれないですね。
稲田)
同じことを言っていると思います。活性化した組織では、質疑応答において本質を突いた鋭い質問が多いですね。
対話がアイデア創出を促進し、そしてアイデアを面白いと思う人がいて、ではやってみようとなり、社内がさらに活性化されるという好循環が生まれています。
デザイン思考を活用するメリットの一つは、アイデア出しや議論を通じて、社員の頭が活性化し、組織も活性化することです。
面白いアイデアを実証(PoC:Proof of Concept)(*2)する。これでアイデアの有用性を確かめるのです。
日本企業の中にはアイデアが沢山あります。でも失敗を恐れてなかなか実証しない。この発想が駄目なのです。
PoCで何度も失敗することで社員が鍛えられます。また、同時に新しい価値創造にもつながるのです。
(*2) PoC:(Proof of Concept)...新しいアイデア・原理を実現可能であることを示す施策。
長橋)失敗を恐れずに挑戦することでイノベーションが生まれるわけですね。
稲田)
その通りです。
でもイノベーションの成功は確率的なものです。いつも生まれるわけではありません。
ですから数多くの挑戦を行うことが重要なのです。
したがって、マネジメントにまず求められるのは、成果を求めることではなく、社員の挑戦心を刺激することなのです。
長橋)
こうしたイノベーションは社内で起きる場合と、社外との協業で起きる場合など、いくつかのパターンがあるように見受けられますが、何かトレンドがあるのでしょうか?
稲田)
日本では、最近、オープンイノベーションや協業がブームのようですね。
でも、上手くいかないと愚痴をこぼされている企業も結構あるように感じます。
目的が一致せず同床異夢という場合は、失敗に終わる可能性が高まります。
特に、IoTではそのような例が多いように感じます。IoTではIT企業とユーザ企業の協業が必要ですが、
IT企業側は開発費を増やしたい。逆にユーザ企業側は減らしたい。試行錯誤が必要な開発案件では、事前に開発費を正確に見積もるのは難しいです。
ここに協業がうまくいかない原因が潜んでいます。
開発費が予定よりふくらむ中で、その開発費をどちらが負担するかをめぐり対立し、協業がうまくいかなくなる場合が多いように見受けられます。
長橋)
アプリックスは、レベニューシェアを活用した協業推進の仕組みづくりに挑戦していますが、これについてはどうご覧になっていますか?
稲田)
レベニューシェアというモデルは目から鱗でした。このモデルは面白い。
レベニューシェアとは売上げをシェアする形で開発費用を回収するやり方ですが、
この場合は、合理的なコストで売上増に結びつくシステムを開発することがIT企業とユーザ企業双方の利益につながります。
両者の目的が同じになり運命共同体になるのです。
売上げが伸びないとIT企業側の持ち出しが大きくなりますので、マーケット評価や開発リスクを踏まえて適用の是非を判断する必要がありますが、
価値創造のために試行錯誤が必要なIoT開発案件の成功に向け、両者の利害を一致させるモデルの採用は極めて重要であると考えています。
長橋)
おほめいただき、ありがとうございます。
アプリックスの場合は、JBlendやIoT開発案件で培った開発力、それからIoTに必要な通信モジュール、アプリ、クラウド、それからセキュリティをすべて提供し、
インテグレートできることが開発リスクの低減につながっていると思います。でも、マーケットを予測するのは本当に難しいと感じています。
ところでこのマーケット予測にも関係するのですが、沢山のアイデアが出た場合、その価値についてはどう判断すれば良いのでしょうか?
稲田)
それが判断できる人は億万長者になっていますよ(笑)。
凡人にはこれができない。だから、アイデアをプロトタイプ化し、ユーザやマーケットの反応を観察して製品やサービスを進化させるやり方が合理的なのです。
ヒュっと飛んだ非連続の発想が本当に価値創造に結びつくかどうか、凡人はこれを判断できない。
だからそれが素晴らしいアイデアであったとしてもボツにしてしまう。
だからこそ、イノベーションを阻害するこのような判断ミスを防ぐために、デザイン思考が必要なのです。
これが新しい時代の価値創造法であり、アイデアを実証し進化させるという発想や環境こそが重要なのです。
マーケットで評価されるアイデアとは?次頁では、「仕組み」「住み分け」といったキーワードを通じ、IoTの本質を紐解きます >>
今回のゲスト
一般社団法人情報通信技術委員会 事務局長
(元 東京大学先端科学技術研究センター 特任教授)
稲田 修一 様
2006年 7月 独立行政法人情報通信研究機構理事(企画担当)
2008年 7月 総務省近畿総合通信局長
2010年 7月 総務省大臣官房審議官
2012年12月 東京大学先端科学技術研究センター特任教授
(※以下、本文中はすべて敬称略とさせていただきます)
IoT活用事例の知見と、現場の声。その双方を元に非連続の発想を生む
長橋)稲田先生は、失敗した数だけ経験値がたまると指摘されています。こうしたプロトタイピング・実証を繰り返し、そして、失敗することがニーズを掘り当てる上で大事なのでしょうか?
稲田)価値が見えていない場合でもとりあえずリーンスタートアップ(*1)し、小さな失敗を積み重ねることで、価値創造に必要な手がかりを見つけることが重要なのです。
とくにIoTの分野では、どのような価値創造が可能かについてお客さまも見えていない場合が多々あります。
たとえば介護では、介護を受ける人の満足度をあげることや介護する人の過度な疲労を防ぐことが重要です。介護を受ける人の満足度は、笑い声の回数や体の動きの活性度を計測できれば把握できるのではないか、一方、介護する人の疲労度は活動状況をモニターすれば把握できるのではないかと気付き、
これを可能とする音声検知センサーや加速度センサーなどのデバイスの存在に気付き、実証を通してこれらの有用性を確かめる中でいろいろなソリューションが広がります。
IoTに関する知見を有するIT業界と現場の課題を良く知っているユーザ企業が協力することにより、こうしたソリューションが生まれる可能性が拡がると感じています。
(*1)リーンスタートアップ ... 米国シリコンバレーを中心とした起業の手法。最低限の製品やサービス、試作品を作って顧客の反応を確かめるサイクルを繰り返すことで、起業や新規事業の成功率を上げる。
長橋)先ほどのデザイン思考を活用すると、根源的なニーズを探すのに必要な
ヒュっと飛んだ非連続の発想が生まれそうですね。
稲田) その通りです。
IoTの活用事例をたくさん知っている人達と現場の課題解決をいつも考えている人達が一緒にデザイン思考に挑戦すると、非連続の発想が生まれる可能性が高まるのです。
ビジネスを左右するアイデアと、それを評価する環境の醸成
長橋)
日本の多くの企業では減点主義が大勢で、失敗しないことが評価される場合が多いと思います。IoTがさまざまな場面で使われる時代には、そうした考え方は変わらざるを得ないのでしょうか?
稲田)
変わらざるを得ません。企業の存続にイノベーションは不可欠です。
社会が変革期に入っており、社会のさまざまな構造が変わっています。
構造変革に対応するため、イノベーションを促進し社内を活性化させる必要があるのです。
私は会社の社内勉強会で話をすることも多いのですが、面白い現象があります。
イノベーティブな会社では、若い人からもどんどん質問がでます。質疑応答を通じて面白いアイデアを吸収しようという意欲が強いのでしょう。
一方 、そうでない会社では、社長さんが質問するのを待っておられます。質問もあまりでなくて、役員が当たり障りのない質問をする場合が多いです(笑)。
長橋)
グーグルでは生産性の高いチームを分析しています。その結果、生産性の高いチームには、こんなこと言ってリーダーに叱られないだろうか、チームメンバーに馬鹿にされないだろうか、といった不安を払しょくする心理的安全性があると指摘しています。先生の話もこれに近いかもしれないですね。
稲田)
同じことを言っていると思います。活性化した組織では、質疑応答において本質を突いた鋭い質問が多いですね。
対話がアイデア創出を促進し、そしてアイデアを面白いと思う人がいて、ではやってみようとなり、社内がさらに活性化されるという好循環が生まれています。
デザイン思考を活用するメリットの一つは、アイデア出しや議論を通じて、社員の頭が活性化し、組織も活性化することです。
面白いアイデアを実証(PoC:Proof of Concept)(*2)する。これでアイデアの有用性を確かめるのです。
日本企業の中にはアイデアが沢山あります。でも失敗を恐れてなかなか実証しない。この発想が駄目なのです。
PoCで何度も失敗することで社員が鍛えられます。また、同時に新しい価値創造にもつながるのです。
(*2) PoC:(Proof of Concept)...新しいアイデア・原理を実現可能であることを示す施策。
長橋)失敗を恐れずに挑戦することでイノベーションが生まれるわけですね。
稲田)
その通りです。
でもイノベーションの成功は確率的なものです。いつも生まれるわけではありません。
ですから数多くの挑戦を行うことが重要なのです。
したがって、マネジメントにまず求められるのは、成果を求めることではなく、社員の挑戦心を刺激することなのです。
長橋)
こうしたイノベーションは社内で起きる場合と、社外との協業で起きる場合など、いくつかのパターンがあるように見受けられますが、何かトレンドがあるのでしょうか?
稲田)
日本では、最近、オープンイノベーションや協業がブームのようですね。
でも、上手くいかないと愚痴をこぼされている企業も結構あるように感じます。
目的が一致せず同床異夢という場合は、失敗に終わる可能性が高まります。
特に、IoTではそのような例が多いように感じます。IoTではIT企業とユーザ企業の協業が必要ですが、
IT企業側は開発費を増やしたい。逆にユーザ企業側は減らしたい。試行錯誤が必要な開発案件では、事前に開発費を正確に見積もるのは難しいです。
ここに協業がうまくいかない原因が潜んでいます。
開発費が予定よりふくらむ中で、その開発費をどちらが負担するかをめぐり対立し、協業がうまくいかなくなる場合が多いように見受けられます。
長橋)
アプリックスは、レベニューシェアを活用した協業推進の仕組みづくりに挑戦していますが、これについてはどうご覧になっていますか?
稲田)
レベニューシェアというモデルは目から鱗でした。このモデルは面白い。
レベニューシェアとは売上げをシェアする形で開発費用を回収するやり方ですが、
この場合は、合理的なコストで売上増に結びつくシステムを開発することがIT企業とユーザ企業双方の利益につながります。
両者の目的が同じになり運命共同体になるのです。
売上げが伸びないとIT企業側の持ち出しが大きくなりますので、マーケット評価や開発リスクを踏まえて適用の是非を判断する必要がありますが、
価値創造のために試行錯誤が必要なIoT開発案件の成功に向け、両者の利害を一致させるモデルの採用は極めて重要であると考えています。
長橋)
おほめいただき、ありがとうございます。
アプリックスの場合は、JBlendやIoT開発案件で培った開発力、それからIoTに必要な通信モジュール、アプリ、クラウド、それからセキュリティをすべて提供し、
インテグレートできることが開発リスクの低減につながっていると思います。でも、マーケットを予測するのは本当に難しいと感じています。
ところでこのマーケット予測にも関係するのですが、沢山のアイデアが出た場合、その価値についてはどう判断すれば良いのでしょうか?
稲田)
それが判断できる人は億万長者になっていますよ(笑)。
凡人にはこれができない。だから、アイデアをプロトタイプ化し、ユーザやマーケットの反応を観察して製品やサービスを進化させるやり方が合理的なのです。
ヒュっと飛んだ非連続の発想が本当に価値創造に結びつくかどうか、凡人はこれを判断できない。
だからそれが素晴らしいアイデアであったとしてもボツにしてしまう。
だからこそ、イノベーションを阻害するこのような判断ミスを防ぐために、デザイン思考が必要なのです。
これが新しい時代の価値創造法であり、アイデアを実証し進化させるという発想や環境こそが重要なのです。
マーケットで評価されるアイデアとは?次頁では、「仕組み」「住み分け」といったキーワードを通じ、IoTの本質を紐解きます >>